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東京高等裁判所 昭和34年(ツ)15号 判決

亡高橋謙次訴訟承継人 上告人 高橋みや 外二名

被上告人 河原和敏

主文

原判決を破毀し、本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

上告人等代理人森吉義旭の上告理由は、別紙上告理由書記載のとおりである。

上告理由第一点について。

案ずるに、建物保護に関する法律第一条において、建物の所有を目的とする土地の賃借権により、賃借人がその土地の上に登記した建物を有するときは、土地賃貸借は、その登記なきも、これを以て第三者に対抗し得べき旨を規定した所以は、原判示の如く、当該土地について権利を取得せんとする第三者を保護せんとするにあることは疑を容れないが、更にまた、いわゆる地震売買により、土地賃貸借の登記を経由していなかつた土地賃借人の被害を救済し、賃借地上に所有する建物の社会経済的效用を全うせしめんとするにあることも疑を容れない。しかして賃借人がその賃借地上に建築所有する建物につき保存登記をなした場合に、その建物の表示がその敷地の地番及び建坪において実状と甚しく懸隔し、到底当該建物を公示しているものと認め難い場合は、その登記は全然効力を有するに由ないが、実状と登記の記載との間に多少の相違があつても、なお当該登記が当該建物を公示しているものと認め得る場合は、その登記は初めより当該建物の登記として効力を有するものと解するのが相当である。しかして登記簿上の建物の表示が実在の建物を指すものと認め得るや否やは、両者間の相違の程度並びに実在の建物以外に同じ地番上に登記簿上の表示に類似した建坪の建物が別に存在するや否等諸般の事情を調査して初めて決することができる具体的の事案に外ならない。本件において原判決の確定した事実によると、東京都杉並区高円寺三丁目一六五番の十八の本件宅地三十六坪九合六勺及びこれに隣接する同所同番の十七、十九、二十の各宅地合計七十二坪五合はもと訴外中島勲の所有で、昭和二十一年当時は同所同番の一の宅地百七十九坪の一部であつたが、昭和二十九年一月十八日分筆されてそれぞれ別個独立の土地となつたものであり、上告人等の先代高橋謙次は昭和二十一年九月頃以来右宅地七十二坪五合を建物所有の目的で右中島より賃借し、同所同番の十七の宅地上に家屋番号同町百六十五番の十木造亜鉛葺平家建居宅一棟建坪九坪五合を建策所有して本件宅地を占有使用してきたところ、被上告人は昭和二十九年五月十二日本件宅地を右中島より買受け、同日その所有権取得登記を経由したのであるが、上告人等の先代高橋謙次は右建物につき同年四月二十八日同所百六十五番の地上にある建物として保存登記をなしたというのであるから、登記簿上の右建物の表示と右建物の実状との間には単に同番の「十七」なる枝番が前者に附加されていない相違があるだけである。故にこの相違からして直ちに登記簿上の右建物の表示は現実の右建物を公示しているものと認めることができないと判示した原判決は、上記説示した建物保護に関する法律第一条の律意並びに不動産登記法第六三条の法意に反し、理由不備の違法あるものといわざるを得ない。したがつて論旨は理由があり、原判決はこの点において破毀を免れないので、爾余の上告理由に対しては判断をなさず、民事訴訟法第四〇七条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 坂本謁夫 中村匡三)

上告理由書

第一点

1 原判決理由は「よつて控訴人の抗弁について考へて見るに、その抗弁は要すれば(要するにの誤記)借地権(建物の所有を目的とする地上権又は賃借権)に基いて建物を建築し、これについて所有権取得登記を受けている者はたとえその登記における建物の所在地が実際の地番と異つていても、建物保護法によつて保護さるべきであるといふに帰着する。(本件では、控訴人主張の保存登記に建物の所在地として表示されている地番はその登記以前になされた土地の分筆によつて既になくなつていたのである)

2 しかしながら、同法第一条第一項が登記のある建物の所有ということをその保護の要件としたのは、登記の公示力を前提とし、一定の土地について権利を取得せんとする第三者に対し登記簿を閲覧することにより当該土地に対する借地権設定の有、無を確める手掛りを提供し、以て相当の注意をして行動する第三者に対して不測の損害を及ぼすことのないようにする用意に出たものであるから、前記法条にいう登記は公示力を有するものであることを要するものと解さなければならない。控訴人主張のような登記にはこのような公示力を認めることはできないから、前認定の賃貸借上の借地権は右法条による保護を受けるに値しないものとするほかはないと判示している。

前段1について、上告人等が昭和三年五月頃、訴外中島勲から、土地七十二坪五合の壱部五拾坪を賃借し、該土地上に木造瓦葺店舗兼居宅平家壱棟その建坪拾七坪二合五勺木造瓦葺居宅平家壱棟その建坪拾坪五合を所有していた(昭和三十年十一月二十二日附上告人等提出(被告等)準備書面(一丁裏一行乃至十行目)、当時右建物所在地番は東京都杉並区高円寺参丁目百六十五番であつた。

又亡高橋謙次が同訴外人から昭和二十一年一月頃右七十二坪五合を賃借し、該土地に本件建物を新築したときの敷地の地番は前記と同地番であつた。亡謙次及び上告人等は同地番に住居し、亡謙次及び上告人等は同地番には変更なきものと固く信じていた。

同訴外人も亦昭和拾年五月七日同地番の一を以て宅地百七十九坪(右七十二坪五合は右宅地の壱部)を登記している。(甲第四号証)同訴外人は同地番の宅地を分割売買する目的を以て、亡謙次が右七十二坪五合について、借地権を有していることを知りながら、亡謙次に秘して、同地番に枝地番を附加して分筆したのであるから、亡謙次は分筆は勿論、建物敷地の枝地番を知るに由しなかつたのである。そこで、亡謙次は建物敷地の地番は何等変更なきものと信じて、建物敷地の地番を東京都杉並区高円寺三丁目百六十五番地として建物保存登記を申請し、登記官吏はこれを受理したのである。

しからば、亡謙次が地番を百六十五地番として右申請したことにつき、何等責むべき過失はない。

而して、該建物敷地の地番が分筆後において、百六十五の十七であることは被上告人の認めるところである。(原判決、事実摘示二丁目裏十二行乃至三丁表三行目)しからば判示のように、右百六十五地番は「土地の分筆によつて既になくなつていたもの」であらうか。

分筆によりて、東京都杉並区三丁目百六十五番地に枝地番が附加せられ、右七十二坪五合が、十七、十八、十九、二十と分割せられたものである。

右枝地番が附加せられたのは、本地番の存在を前提としてであつて、枝地番があつて、本地番が附加せられたものではない。しからば、本地番は分筆によつて既になくなつていたのではなく、本地番は存在している。本地番が存在する以上は建物敷地の地番は存在する。

しからば、東京都杉並区高円寺三丁目百六十五番地として登記せる右保存登記は有効である。単に、同地番の「十七」枝地番が附加せられていないに過ぎない。同地番が同地番十七となつたのは、分筆によつて地番に変更が生じたのであつて決して「なくなつていたもの」ではない。例へば、行政区画又は其の名称に変更があつた場合、旧行政区画又は其の名称はなくなつたのではなく、旧行政区画又は其の名称はそれ自体として存在するが、行政区画又は其の名称が変更せられたのである。仍て旧行政区画又は其の名称は変更せられて有効なのである。不動産登記法第五十九条は右のことを規定し、同条は当然なことを規定している。又同法は地番の変更登記を認めている。例へば同法第八十九条、第百条の如きである。

原判決は地番の変更を認めない趣旨であるが、原判決は不動産登記法の解釈を誤まれる違法がある。

2について、

本件土地は元七十二坪五合の壱部にして、地番は百六十五ノ一から十八に変更せられた。本件建物所在地の地番は百六十五の十七で右地番と連続している。

そこで、登記上、百六十五〇十八を閲覧すれば百六十五の十七は輙く知ることができ、又実地につき、本件土地の所在を知るときは、被上告人も認める如く、右七十二坪五合は元一筆で、分筆によつて、百六十五の十七、十八、十九、二十と枝地番が附せられたのであつて建物敷地と本件土地とは地続きであるから、建物敷地は直ちに判る。

上告人等と被上告人とは隣人であつて、被上告人は上告人等が右七十二坪五合について、借地権を有していることを悉知しながら、本件土地を買受けたのである。(昭和三十年十一月二十二日附上告人等提出の準備書面三の(3) 十三丁以下参照)実状が前記の通りであるからには、判示の如き公示力云々は問題とするに足らない。

そこで、問題は転じて法律問題にかゝつている。即ち、東京都杉並区高円寺三丁目百六十五番の建物保存登記が法律上有効であるや否やの問題である。

原判決は右保存登記が分筆後の地番と相違していると云ふ理由で、無効としている。しかし、原判決は果して法律上正当であろうか。

飜つて、原判決理由を検するに、原判決は右保存登記の無効を不動産登記法によつて、その理由を示してはいない。

しかしながら、右保存登記の有効、無効を決するには、不動産登記法によらねばならない。

而して、同法第六十三条の解釈につき、左記判例がある。

(イ) (判決要旨)、登記事項(建物保存登記における建物所在地の表示)に誤謬があつても、これを更正しうべきものである以上は、登記の効力を失はない。(明治三八年(オ)第五四三号同年一二月一八日大審民事二部判決大審民録一一輯一七七二頁、民抄録二七巻五六七三頁)

(ロ) (判決要旨)建物の保存登記を申請するに際し所在地の地番を誤つて隣地の地番とした場合、更正登記の方法に依り是正しうるものであつて、更正登記を経ない前でも保存登記の効力を有する。(昭和八年(オ)第三二四四号同九年九月一二日大審民事四部判決新聞三七四六号一四頁)

(ハ) (判決要旨)建物の保存登記が敷地の地番ならびに建坪の点において実物と相違しても、その相違が錯誤に因り生じたもので登記の表示が実物に該当すると認められるときは、かゝる誤謬は更正をなしうるものであつて、更正しない前でも登記は有効である。(昭和九年(オ)第二五三〇号、同一〇年三月二〇日大審民事四部判決、新聞三八二三号一五頁)

而して、右建物保存登記は単に地番を百六十五の十七とすべきところ、錯誤のため百六十五として申請したに過ぎない。

右百六十五の誤謬は枝地番十七を加筆して、地番百六十五〇十七として容易に更正し得られるから、右判例により、右保存登記は未だ更正しない前でも、右保存登記は有効である。

右保存登記が有効であるからには、上告人等は本件土地につき、借地権を以て、被上告人に対抗することを得る次第である。

仍て、原判決は不動産登記法第六十三条の解釈を誤り、前記判例違反により、破毀を免れない。

第二点

原判決理由は「ヽヽヽヽ即ち本件土地とこれに隣接する百六十五番の十七、十九、二十の各宅地合計七十二坪五合につき、その使用目的を建物所有とすることに変更し賃料は控訴人主張のような約定で賃貸借契約を締結したことが認められる云々」と判示しているが、

原判決は、右賃貸借契約が各宅地(百六十五ノ十八、十九、二十)の所有権移転登記の日まで有効に存続したるや否や、

別言すれば、訴外中島勲の上告人等に対して為したる右七十二坪五合に関する賃貸借契約解除が有効なりや否やについて、判断し、理由を附してはいない。

上告人等は本訴(昭和三十年十一月二十二日提出準備書面(三、四、五丁乃至十六丁十二行目))及び反訴(昭和三十年十一月二十二日附反訴状(四、五丁乃至十四丁裏六行目))(原判決事実摘示(二)(三)(イ)(ハ)、(四)参照)において、右土地七十二坪五合について、賃貸借契約が有効に存続していること、別言すれば、右賃貸借契約について、訴外中島勲の上告人等に対して為したる契約解除は無効なることを抗弁主張した。

しかるに、原判決は右賃貸借契約が有効に締結せられたことを認定するのみで、右契約が前記期日まで有効に存続したるや否や、別言すれば、右契約解除が有効なりや否やについて何等の判断もせず、従つて理由を附してはいない。

而して、建物保護法第一条第一項の適用ありや否やは、右契約の有効、無効に繋つている。即ち、右契約が無効なるときは、同条第一項の適用がない。同条第一項の適用されるのは、右契約が有効なることを前提とする。

仮りに、前者でありとすれば、原判決は民法第六一二条第二項を適用して、その理由を附せねばならない。

又仮りに、後者でありとすれば、右契約解除が無効なることを判断せねばならない。それには、借地法を適用するか又は民法第六一二条或は同法第一条第三項を適用して、其の理由を附せねばならない。

しかるに、原判決は前記の点について、何等の判断もせず、従つて理由も附してはいないから、民事訴訟法第一八四条、第一九一条第一項第三号違反である。

しかし、原判決が建物保護法第一条第一項を適用していることに鑑みるときは、原判決は右土地七十二坪五合につき、右賃貸借契約が存続していることを認定したもの、別言すれば、右契約解除を無効と認定したものと見るの他はない。

以上の通り、原判決は審理不尽にして、判決に理由を附せず又理由に齟齬がある。

仍て、原判決は民事訴訟法第三九五条第六号に該当し、到底破毀を免れない。

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